あてのない旅の物語−第1日目(3月10日、上熊本駅〜岡山駅)

JR上熊本駅7時27分発博多行各駅停車
早朝の上熊本駅 3分前に、博多行特急有明号が出ていった。サラリーマンで中間管理職をやってそうな人たちが乗った。でも、今目の前にも同じような人がいる。方や特急のグリーン車、方や各駅停車の列車。少々目の前の人が可哀想になってくる。
 喧(やかま)しい高校生の集団と始まった旅も、大牟田駅を過ぎる頃には彼らはいなくなり、案外静かな車内になった。そして、銀水駅で特急に追い越される。
JR博多駅10時53分発門司港行快速
博多駅2番線ホーム 入線と同時に列車に乗る。窓からボーっとホームを見ていると、何やら作業をしている人たちがいる。時刻表を張り替えているようだ。JRは明日(11日)からダイヤ改正。ということは、今日(10日)の時刻表は撤去される。わたしは時刻表を持っていない。頼りにしていた駅の時刻表が無くなると困ったことになる。他の駅でも張り替えてしまったのだろうか。
 博多駅の直後で、「福岡県醤油会館」というのを見つけ一人で密かに笑う。車内のアナウンスが、近頃流行りの某(なにがし)というのにそっくりで感激する。大牟田駅ぐらいからずっと思っていたのだが、鹿児島本線の沿線では某有名トイレ用洗剤の看板がやたらと目に付く。
 知り合いに「折尾駅の弁当を食うべし」と言われたが、隣に座っていた子供に気を取られているうちに弁当屋は去っていった。無念。帰りに食べるとしよう。
JR門司駅12時21分発下関行各駅停車
山口県下関市JR下関駅
 九州から本州へ渡るのは不便だ。各駅停車は小倉、下関間しか走ってくれない。たまに、大牟田発小郡行なんていう強行軍もいるみたいだが、時間が悪すぎる。それに、山陰方面へは乗り継ぎ無しで行けるというのも不思議でたまらない。
 折尾で弁当を食いそびれたので、ここで駅弁を買うことにした。それにしても、駅弁のなんと高いことか。18きっぷは途中下車自由なので外に出てコンビニおにぎりでも食べようかと思ったが、折角なので「ふく寿司」を買う。味は、それなりに美味しい。言ってしまえば、普通のちらし寿司なのだが。
 ホームで携帯電話の時計を見ていると、突然それが鳴り出す。驚いて操作を間違えてしまった。電話の向こうは親だ。帰省しないのかという催促の電話だ。今そっちとは逆の方向に向かっているので帰れない、ということを伝えて電話を切る。実は、地元の市長選があるのだがそんなものはお構いなしである。これで、生まれて初めての選挙権を放棄するわけだが、もはや住みもしない地元の市長選など興味はない。
 列車を待つ間、しきりに「小串行」が発車していく。どこかに、「小串」と言うところがあるらしい。
JR下関駅12時48分発岩国行各駅停車
JR南岩国駅付近の車内から 下関駅を発車すると同時に寝てしまったらしい。気付いたら小郡駅だ。お年寄りの大群がドカドカと乗ってくる。それまでは空いていて、荷物を自分の横の座席に置いていたのだが、慌ててそれを足下に置く。周りを、すっかりご老人たちに囲まれてしまった。聞こえてくる言葉が聞き慣れないものだ。広島弁というやつか。「はよきんさい」「〜けー」「〜のー」
 2、3分の間本を読んでいたが、周りが賑やかなのでだんだん本を読んでいる自分が馬鹿らしくなってくる。目の前にはお婆さんが2人。1人は止めどなく喋り続け、もう1人は明らかにそれを聞き流している。話の切れ目をうまくついて話し掛けてみた。
  わたし「どちらまでおいでですか?」
  お婆さん「広島まで。お兄さんは?」
  わたし「岡山を通って高松に行くつもりです」
しばらく3人で話していたが、次第に聞いたことのない地名が話題に上りだし、それについていけなくなる。そして、また、止めどなく喋り続ける人、それを聞き流す人、赤の他人の話を意味も分からず聞く人、という関係に戻る。
 いつの間にか、眠ってしまった。起きると海岸線沿いを走っていた。海育ちのせいだろうか。海を見ると安心する。さっきのお婆さんの荷物を網棚から下ろしてやり、自分もホームへ降りる。車内のアナウンスによると、広島行の列車はすぐに出るらしい。
JR岩国駅15時49分発広島行各駅停車
 岩国駅を出たとき、乗客はそれほどいなかった。しかし、広島が近づくにつれて人が多くなってくる。それなりに過ごしやすかった車内もだんだん暑くなってくる。そういえば、朝もそうだった。博多駅が近づくにつれて人が多くなってくる。博多駅に着く頃には周りが人だらけで閉口した。しかし、今度は満員になる前に広島駅に着いた。ありがたい。
広島県広島市
 17時頃広島駅到着。ホームに降りるまでは岡山まで一気に行くつもりだったのだが、急に気が変わって広島観光をすることにする。ここで、博多駅での不安が現実のものとなる。今日の分の時刻表が駅にないのだ。岡山行きの列車の発車時刻がまるで分からない。仕方ないので、改札で駅員に聞くと「案内所に行ってください」と宣(のたま)う。案内所に行くと、次の発車時刻だけ教えてくれる。しかし、それはさっき車内アナウンスで聞いた。最終まで全部教えろ、と言うと、しょうがないなという顔をして教えてくれる。
 荷物を運ぶのがいやだったので、駅のコインロッカーに入れる。駅前広場でどの市電に乗るべきか考えていたときに、デジカメまでコインロッカーに入れてしまったことに気付く。これはショックである。しょうがないからカメラは諦める。以後、コインロッカーは使わないことに決める。
 とりあえず、平和公園あたりを彷徨う。平和資料館は17時で閉館していた。入り口には「開館までしばらくお待ち下さい」とある。明朝まで「しばらく」らしい。階段で足を挫(くじ)きそうになる。
 広島でもう一つ興味があったもの、広島風お好み焼き。大通り沿いにお好み焼き屋は無さそうなので裏道にはいる。広島の地図は持っていないが、まぁ迷うこともないだろう。すると、早速見つけた。ドラえもんの声をやっている人がお勧めする店らしい。雑居ビルの2階だがそこまで言うのならそれなりのものを出してくれるに違いない。入ってみると、すでに10人ぐらいの客が宴会をやっている。「お飲物は」と聞かれて思わず「ビール」と答えてしまった。出されたビールを飲みながら、店員がお好み焼きを焼くのを見る。キャベツ、焼きそば、肉、イカ、エビ、卵。量が半端ではない。こんなものどうやってひっくり返すのか、と思っていると、両手にへらを持った店員が器用に返していく。一種の職人技だ。
 昔から食べてみたかった広島風お好み焼きを食べ、気分も良くなったところで駅に戻る。ビールの効果は、その時に乗ったすし詰め状態の市電の中で切れてしまう。
JR広島駅19時19分発岡山行快速(西条より各駅停車)
 ほとんど寝て過ごす。
 22時頃、次は岡山という車内アナウンスがある。さらに、高松行の快速がまだあるらしいことも言っている。今日は岡山に泊まろうかと思っていたが、特にやることも無いので高松まで行くことにする。
岡山県岡山市
 どうせだから、岡山の街も歩いてみる。しかし、もう22時過ぎ。面白くも何ともない。
 駅前通りの横断歩道を渡ろうとしたときに目の前を車が横切った。横を見ると、それに続く車が2台。信号無視である。わたしは青信号を目の前にして、横断歩道の中程で立ち往生を食らった。なんというところだ、街のど真ん中を走り屋が横行しているとは。
 コンビニを探すのだが、なかなか見つからない。駅前、アーケード、歓楽街...何故だろう。わたしが見つけられないだけなのだろうか。なんとか1つ見つけ、スポーツドリンクを買う。
 駅に戻り、ホームで最終の高松行を待つ。そのとき、目の前のおじさんが突然喋り出した。誰かと会話をしているらしいが相手は見えない。何ごとかと思ってみていると、イヤホンのコードに向かってしきりに喋っている。途中にマイクがついているのか。ということは、携帯電話。電話の時ぐらい電話を持って欲しいものだ。
 そうしているうちに日付が変わる。

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