あてのない旅の物語−第2日目(3月11日、岡山駅〜松江駅)

JR岡山駅0時04分発高松行快速マリンライナー69号
 夜の瀬戸大橋は暗くて面白くない。渡り終えたところで、夜空に火の玉が浮かんでいる。そんなわけはないと思って見ていると、その辺り一帯が石油工業のプラントになっている。さすがは瀬戸内工業地域。
香川県高松市
夜のJR高松駅仮駅舎 1時20分頃高松駅到着。4時か5時頃までファミレスで時間を潰そうと思い市内を歩き回る。2時間後、ファミレスを見つけられず、途方に暮れる。あるにはあったのだが、1時で閉まっていた。なんと早い閉店時間。昼に行こうと思っているうどん屋の場所も確認した。JR高松駅は閉まっている。何処かで休みたい。私鉄の駅の待合室に行く。吹き抜けだがベンチはある。「寒いけどしょうがない」などとぼやいていると、隅の方で物音がする。ホームレスの人が寝ていた。よくこの寒いところで眠れるものだ。感心してしまう。薄明かりの中本を読む。とても寝る気にはなれない。突然、ホームレスの人が立ち上がった。怒られるのかと思ってドキドキしていると、わたしに気付く様子もなく去っていった。時計を見る。4時前。こんな早くに何処へ行くのだろう。誰もいなくなった待合室で眠ろうと試みるが眠れない。
 4時半。そろそろJR高松駅が開いたのではないかと思い、行ってみる。開いていた。待合室に入る。暖房が利いてて暖かい。すでに、数人の人がいる。その中に、さっきのホームレスも混じっている。駅の開く時間を知っていたらしい。さすがに地元の人間にはかなわない。わたしも、長椅子を1つ占領して寝る。
 6時。起床。うどん屋は10時まで開かない。岡山行快速はすでに走っている。この時間を余らせるのは勿体ない。児島まで行って瀬戸大橋の写真を撮ることにする。その後、高松に戻りうどんを食べる。完璧だ。完璧な計画だ。
JR高松駅6時43分発岡山行快速マリンライナー6号
 後ろの席でおじさんたちが喋っている。喋っているというよりは怒鳴り散らしている。いや、本当はただ喋っているのだろう。しかし、四国弁と言うのだろうか、その本場の発音を聞いたことがなかったわたしは、ただのお喋りが怒鳴り声に聞こえてしょうがない。わたしだけ妙な緊張感にさらされながら再び瀬戸大橋を渡る。
 何気なく切符を見てみると、まだ2日目なのに「3回」の所に高松駅のスタンプが押してある。おかしい。とりあえず、予定を1日短縮せざるを得ない。先の予定などは無いに等しいので、別に構わないのだが、損した気分だ。と言うか、損している。
岡山県倉敷市児島地区
鷲羽山中腹からの瀬戸大橋 7時15分頃。児島駅到着。手持ちの旅行雑誌で、鷲羽山に登ると瀬戸大橋が一望できることを知る。しかし、バスは8時過ぎまでない。何となく歩けそうな気がしたので歩くことにする。途中、三叉路に出る。直進と右折の選択肢がある。旅行雑誌によると直進した方がいいらしい。しかし、目の前の看板には「鷲羽山左折」とある。左折しよう。途中、「価格破壊」と書いてあるジュースの自動販売機を見つける。値段は100円。「価格破壊」と言うより「お値段据え置き」という感じがする。
 一山越えると、瀬戸大橋が見えた。しかし、目指す展望所まではまだまだだ。歩く。ひたすら歩く。よく考えると、あの三叉路の看板には「展望所まで5km」ともあったような気がする。恐ろしい。そんなことは考えないようにしよう。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。足が痛くなる。しかし歩かなければ進まない。頭の中では「おれはこんな所で何をやっているのだろう」というフレーズがグルグル回っている。途中、瀬戸大橋の下をくぐる。
 どれくらい歩いたのだろうか。やっと展望所の入り口まで来た。あとは、目の前にある階段を上るのみだ。一気に駆け上がる。駆け上がると言っても、短距離走みたいなダッシュではない。まぁ、持久走並の速さだ。階段も結構長い。
 ようやく、展望所に到着。目の前には、社会の教科書で見るような瀬戸大橋があった。頑張った甲斐があった、と言いたいところだが、その日の天候は曇り。思ったほど景色はよくない。でも、瀬戸大橋は見渡せる。
展望所から瀬戸大橋を望む 「今まで教科書の写真でしか見たことのない瀬戸大橋を、遂に自分のこの目で見た」
「よくもまぁ、こんな大きなものを作ったものだ」
「なんで今日に限って天気が良くないのか」
「自分の地元にある瀬戸(せど)大橋とは比べものにならない」
 10分ほど眺めていたが、特に面白い動きがあるわけではない。橋の上は車が通り、その下を列車がたまに通る。
「とりあえず駅に戻ろう」
近くにバス停があるはず、と思って探していると、目の前をバスが去っていった。慌ててそのバスを追ったが間に合わない。諦めて、何気なく自分の来た方向を振り返ってみるとバス停がある。時刻表を見ると、次のバスは1時間後に来るらしい。
「またしても...」
 あまり歩けそうな気はしなかったが歩くことにする。さっき来た道は岬を海岸線に沿って1周しているらしいので、階段を下りた後、その道の続きを歩く。最終的には、例の三叉路の「直進」の所に繋がっているはずだ。もう、足はボロボロだ。ヒッチハイクも考えたが、車が来なくてはどうしようもない。
 しばらく歩くと、小さな漁村に出た。車も多少いる。しかし、こうなったら意地だ。最後まで歩いてやる。ただひたすら「おれは馬鹿だ」を頭の中で繰り返しながら歩く。まだ開いていない競艇場の門の前に集(たか)るおばさんたちを尻目に歩く。見えた。例の三叉路だ。予想通りの場所に出る。
「ということは、さっきの三叉路を直進していた方が近道だったのか」
愕然としながら駅に戻る。
JR児島駅9時29分発高松行快速マリンライナー15号
香川県高松市
 10時頃。昨夜狙いをつけたうどん屋へ向かう。歩いても歩いても一向にうどん屋が見えてこない。道に迷った。夜迷わなかった道を、昼に迷ってしまったのだ。昼通った道を夜迷うという話はよく聞くが、夜通った道を昼に迷うとは。どうも、途中、左折するべき交差点を直進してしまったらしい。手持ちの地図を眺めるが、地図の中に現在地はない。何故に今日はこんなについていないのか。ぶつくさ独り言を言いながら来た道を戻る。15分ぐらいの道のりを1時間も掛けてようやくうどん屋に到着。
 店内は、案外広い。客は疎(まば)ら。この店は県庁の真向かいにあり、平日ならそこの職員が大挙して押し寄せるらしいのだが、今日はあいにく土曜日。客が疎らなのも頷(うなず)ける。出されたお茶を一口のみ、肉うどんを注文する。それを待つ間、自宅に発送する分のうどんを注文する。値段を考えると9人分が妥当か。この発送用のうどん。3人分が1つの袋に収まっているらしい。ということは、1度に最低3人分のうどんができるということになる。一人暮らしのわたしにとっては甚(はなは)だ不便。
 そうこうしているうちに、肉うどんが目の前に運ばれてきた。もちろん見た目はいつも見る肉うどん。食べてみる。別に自分がうどん通だというわけではないので、これがどうで、あれがこうだと評することはできない。しかし、美味しい。わたしの持っているうどんのイメージそのままである。
 満足しつつうどんを食べ終わり、お勘定である。
  わたし「ごちそうさまでした」
  店のおやじ「地方発送の分と肉うどんで○○円」
  わたし「じゃぁ、××円から」
  店のおやじ「えーっと、お釣りはいくらになるかな?」
  わたし「え...!?」
  店のおやじ「ん?おれに計算させるか」
ちょっと待て。釣りの計算は客がやるのか?それは高松の風習なのか?
店のおやじは、おもむろに電卓を取り出して釣りの計算をはじめる。
  店のおやじ「はい、△△円」
無事お釣りを受け取ったわたしは、パニック状態のまま店を出る。あのおやじ、一体どういうつもりだったのだろう。客に釣りの計算をさせるとは前代未聞である。
JR高松駅11時57分発岡山行快速マリンライナー26号
 乗務員より先に列車に乗る。退屈でしょうがない。
JR岡山駅13時09分発福山行快速チボリ号
岡山県倉敷市JR倉敷駅
 ホームの待合室でガムを噛みながら本を読んでいると、隣の小学校中学年ぐらいの兄弟が話をしている。自分たちが持っているスナック菓子とわたしのガムを交換したいらしい。しかし、わたしが持っているガムはキシリトール入りのガムで、言ってしまえば歯磨き粉の味しかしない。この兄弟、どういう手に出るか密かに観察していたが、一向に動く気配がない。つまらない奴らだと思っていると、列車が来てしまった。時間切れ。その後、あの兄弟は仲良くスナック菓子を食べたことだろう。
JR倉敷駅13時40分発備中高梁行各駅停車
 これまで、比較的「都会」を走ってきたのだが、ここからは「田舎」の路線である。列車も古いし、人も少ない。しかし、かえって落ち着く。
 最後に高松を出たあたりから、雨が降り出した。今日は、四国から日本海へ一気に移動することにしている。「もしかしたら日本海側では雨は降っていないかも知れない」などと流暢なことを考えていたが、そうはいかないようだ。雨が止む気配はない。
岡山県高梁(たかはし)市JR備中高梁駅
 雨。寒い。山間(やまあい)にある小さな街。備中松山城というのが観光名所らしい。大学もあるという。道理で、駅前に学生アパートの広告看板が立っているわけか。駅舎は案外賑わっている。小学生ぐらいの子供が、そこら中を走り回っている。
JR備中高梁駅15時31分発新見行各駅停車
 本を読んでいると、目の前を山のような荷物を背負った人達が通った。明らかに登山客だ。わたしなどのにわか旅人では到底及ばない。
 トンネルが多い山間部を進む。車輌は国鉄時代から使っているものらしい。「日本国有鉄道」とある。
JR新見駅16時10分発米子行各駅停車
JR伯備線 中国山地のど真ん中より 隣で、女子高生らしき4人が映画の話をしている。岡山や高松で見た女子高生と同じとは、とても思えない。ところで、この4人の話、何か的外れである。聞いてて飽きない。
 いつの間にか眠っていた。目を覚ますと、さっきの女子高生はすでにいなくなっている。そんなことより、雪が積もっているではないか。しかも、今期わたしが見た中で一番積もっている。雪合戦ができそうだ。雪だるまもできそうだ。3月も半ばにしてこんなにも雪が積もるとは、熊本では考えられない。
 ここにきて、驚くことばかりである。まず、雪が積もっている。そして、駅に着いても列車のドアが開かない。駅で列車に乗る人や列車から降りる人が、自分でドアを開け閉めしなければいけないのだ。人によってはそれが普通なのだろうが、九州育ちで、さらに滅多に列車など乗らないわたしにとって、これはかなりの驚きである。
 そして、当然のように携帯電話は「圏外」である。
鳥取県米子市
 18時頃米子駅到着。温泉に入る。皆生(かいけ)温泉。駅から歩こうと思ったが、足が悲鳴を上げている。それに、歩ける距離ではないようだ。雨も少しだが降っている。仕方なくバスに乗る。
 「皆生温泉」停留所でバスを降りる。近くの案内板で、公衆浴場の場所を確認し、そこに向かう。温泉街にしては暗い。しばらく歩くと、急に明かりが増えた。全て、ピンク色。どうも、温泉街の周りをピンク系の店が囲んでいるらしい。呼び込みのおじさんたちが声をかけてくる。だんだん恐くなって、足早に立ち去る。
 公衆浴場。それほど広くはないし、少々古い。おまけに、浴槽がやたら深い。中腰にならないと息ができない。足をほぐそうと思ったのだが、とてもそんなことはできない。結局、体の汚れを落としただけで、疲れまではとれなかった。
 公衆浴場を出て、来るときとは違う道を行く。しかし、そこでも例の店達が立ちはだかっている。交差点から交差点まで、10m程の道の両脇に4人ほどのおじさん。車が来ないのを確かめて、センターライン上を早足に歩く。みんな、あらゆる言葉を囁きかけ、自分の店に入ってもらおうとする。ある人曰く「お兄さん。彼女はいないの?」...それでは、客は来ない。間違いなく。
JR米子駅20時21分発松江行快速とっとりライナー
 車内で虫を発見する。ゴキブリ級。
島根県松江市
 20時45分頃松江駅到着。松江を今日の終着点とする。高松の時と同じようにファミレスを探す。高松より大きい街という印象を受けて期待したのだが、見つからない。2時間ほど歩く。駅員にファミレスはないかと聞いたが、無いと即答される。諦める。とりあえず、駅の待合室に座り、コンビニで買ったおにぎりを食べる。駅が閉まるまで待合室に居座ることにする。しかし、日付が変わるのと同時に駅から閉め出される。高松駅より閉まるのが早い。

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